遠野サイクリング
2013/09/29(Sun)
朝夕すっかり涼しくなって日中も過ごしやすい気温となる日が増えてきましたね。湿度も下がっていよいよ秋の空気になってきました。


どうも、ジャムです。


さて、前回に引き続き岩手旅行についてまとめてみましょう。一日目は花巻で宮沢賢治めぐりサイクリングでした。その日の夕方に遠野へ移動、二日目は朝から遠野でサイクリングです。


まずは前回遠野を訪れたときに訪れそびれた場所を目指します。朝は少し肌寒いくらいでしたが、自転車を進めていけばすぐに体温が上がるのでちょうど良いくらいです。


花巻・遠野 066


五百羅漢です。江戸時代の飢饉で餓死した人々を供養する為にお坊様が山中の自然石に羅漢を刻んだという場所です。斜面には苔生した岩がごろごろ転がっておりとても良い雰囲気でした。


平日の朝だったためか、この空間を独り占めでした。


次に向かったのは続石です。


花巻・遠野 101



巨石が鳥居か門のように積まれたものなのですが、実は上に乗っかっている岩は下の岩のうち片方にしか乗っておらず、もう片方の岩との間にはスキマがあるのです。柳田国男の遠野物語大91話にも登場するスポットです。


この続石からさほど離れていない場所に、千葉家の南部曲り屋があります。茅葺の屋根の建物ですが、丘の中腹の石垣の上に建っており、その大きさからもちょっとした砦か城かといった様相です。


花巻・遠野 103


当時の豪農の家なのですが、飢饉のときや農閑期の間に村の人々を雇い建てられ、それで村人は日々の糧を得たと伝えられているそうです。現在でいう失業対策ですね。


さて、ここまでは遠野市街から西側の地域でしたが、進路を反転、途中で見かけたスポットに立ち寄りながら遠野市街方面へと進みます。


先ほどの千葉家や続石の近所にあった愛宕神社という小さな神社の境内でカモシカと出会いました。


花巻・遠野 152


互いにしばらく見つめ合っていました。


その後再び自転車を走らせやってきたのは諏訪神社です。名前の通り長野の諏訪大社の分祠で建御名方神を祀っています。


花巻・遠野 164


境内には諏訪大社から株分けされたという楓の木もあり、秋には遠野の隠れた紅葉スポットとなるそうです。


さらに自転車を進めてやってきたのは太郎淵です。遠野は河童で有名で、特に市街の北東にあるカッパ淵が知られていますが、市街から北西に位置するこの太郎淵も河童が住んでいたと伝えられる場所です。(撮った写真のサイズが大きすぎてブログに乗せられませんでした)


これで前回廻り損ねた場所はあらかた訪れたので、伝承園という施設まで行き郷土料理ひっつみ頂きました。


花巻・遠野 189


このひっつみですが、九州のだご汁と同じような食べ物です。小麦粉をこねたものを汁に入れて煮込んだものですが、だご汁は醤油や味噌の汁でしたが、遠野のひっつみは鳥の出汁でした。


この伝承園にはオシラサマという家や蚕、農業の神様を集めた御蚕神堂という場所があります。千体ものオシラサマが並ぶ様は圧巻です。


花巻・遠野 184


腹ごしらえを済ませたら東へ進みます。遠野物語に収められている話を柳田国男に語ったという佐々木喜善のお墓参りのために山口集落のダンノハナという場所を訪れました。このダンノハナは遠野物語によれば、昔は囚人の処刑場だったという場所で、現在は共同墓地となっています。


このダンノハナと集落を挟んで向かい側には、姥捨ての話で有名なデンデラ野があります。


花巻・遠野 230


昔は60歳になればこの野に追い遣られたと言います。話の真偽は謎ですが、今では気持ちの良い野原です。


花巻・遠野 240


野原の端から広がる森は真っ暗でした。


花巻・遠野 241


デンデラ野で1時間くらいのんびりしていたら日も暮れてきたので市街へと戻ります。途中でお夕飯にジンギスカンを頂きました。ジンギスカンといえば北海道が有名ですが、遠野も隠れたジンギスカンの街なのです。


花巻・遠野 259


ただでさえ羊が大好きなので、一日中自転車を走らせた後に頂くジンギスカンは最高でした。


宿に戻ると女将さんが近所の美味しいケーキ屋さんのケーキだからといってモンブランケーキをくれました。


花巻・遠野 263


疲れた体に甘いものが沁みわたります。


そんなわけで遠野1日目は朝からずっと自転車でうろうろしていました。遠野2日目も同じく自転車でうろうろする予定です。しかし、改めて遠野は自転車に合うと実感しました。


閑話休題。


ピアノ動画を投稿しました。





竹取飛翔のアレンジです。実はこの動画は抜粋というかダイジェスト版的なものです。完全版は別の機会に録音する予定です。

今回私は弾いただけで、録音や機材、撮影、編集その他をサークル大飴屋主催のおおあめさんにお願いしました。私がやったことはこの動画のせいぜい1割程度です。


おおあめさんは曲作りから写真、プログラミング、デザインなどマルチなスキルを誇る凄い人です。
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ハーナムキヤ紀行
2013/09/23(Mon)
ふとももが焼けるようだ。


どうも、ジャムです。


19日、20日と少し遅めの夏休みを取って三連休と合成、五連休を錬成しました。そんなわけで、19日から遠野へと旅行してきました。


折りたたみ自転車を連れて新幹線でお出かけです。遠野へは花巻を経由していくことになるのですが、花巻と言えば私の大好きな宮沢賢治さんの故郷です。ということで19日は始発で出かけ、花巻で賢治さんにまつわるスポットを巡りました。


花巻・遠野 010


まずは花巻農学校跡です。賢治さんはここで3年間先生をしていました。現在は公園となっています。


花巻・遠野 011


この公園の近くには賢治さんのお墓があるお寺も。入り口の階段にいるフクロウが目印です。


花巻・遠野 012


続いて向かったのはイギリス海岸。現在は北上川の水量が少ない時のみ見られるそうですが、私が訪れた時は先週の台風の影響か、濁った水が大量に流れていて見ることはできませんでした。


花巻・遠野 014


花巻・遠野 018


続いては羅須地人協会へと向かいます。


花巻・遠野 024


その途中で見つけたお社。


羅須地人協会は現在花巻農業高等学校の敷地内に移設されています。賢治さんはここで農作業をしながら近所の農民たちを集めて農業技術や科学、エスペラント語、レコード鑑賞会など様々な文化活動を行っていたようです。


花巻・遠野 043 花巻・遠野 046 花巻・遠野 033


現代でいえば一種の同人活動でしょうか。実際賢治さんは教師や技師などの仕事をしており、作家を本業としていたわけではありませんから、現在広く親しまれている作品は同人作品とも言えるかもしれません。


イーハトーブやハーナムキヤ、センダード、シオーモ、トキーオなど実在の都市名をもじった地名やオリジナル世界設定は、現在で言えばコミケ3日目のオリジナルジャンルの同人誌に通じるものを感じます。



花巻・遠野 042


お昼は花巻市街まで戻って、やぶ屋というそば屋で天ぷらそばとサイダーを頂きました。


花巻・遠野 050


このやぶ屋という店は賢治さんも通っていたお店だそうで、天ぷらそばとサイダーも賢治さんが注文していた組み合わせだそうです。


その後、宮沢賢治記念館を見学、残念ながら撮影は禁止でしたが、賢治さんのチェロや絵などが展示されていました。


その後電車に乗って遠野へ向かいました。というわけで旅行一日目は花巻で賢治さん巡りでした。二日目からは遠野を巡る訳ですが、この時点ではまだどこをどういう順序で巡るか考えていませんでした。


気の赴くままにふらふら出来るのは一人旅の良い所です。


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この7年間、私は何をしていた?
2013/09/08(Sun)
東京でオリンピックだそうですね。


どうも、ジャムです。


7年後の2020年に開催されるオリンピックの舞台が東京になったということです。前回立候補した時よりもかなり気合を入れて立候補していたようですので何よりでしたね。


いきなりオリンピックの話題を出しましたが実は私、そこまでオリンピックに詳しいわけでも思い入れがあるわけでも無いのです。


前回はロンドンでしたか。仕事で日中はもちろん、生中継も深夜などだったこともあり実は一度も観戦せずに終わっていました。


今回は日本で開催されるため時差も無く、日中テレビで放送されるのでしょうが、結局仕事なので観戦できそうにありません。私にかぎらず、日中仕事をしている方々はほとんどそうなのではないでしょうか。開催国にいながらテレビですら観戦できないというのもちょっとしたジョークのようですね。


むしろオリンピックそのものよりも開催期間中通勤電車が余計に混むのではないかという心配が先にたってしまう小市民です。我ながら夢のない話です。


そんなわけでちょっと夢のあることを考えてみようと思い、7年後の日本はどうなっているだろうと考えてみました。


2020年なので当然エヴァンゲリオンは完成しています。東京湾にはネオ東京が繁栄を誇っています。鉄腕アトムは2003年ですから、2020年ともなればそれ以上の高性能人型ロボットが人間社会にとけ込んでいることでしょう。薔薇色の科学万能社会です。


あと7年でここまで行けるでしょうか。パトレイバーですらまだ実用化されていません。せめてお台場のガンダムが歩く位にはなっていてほしいものですね。


7年といえばどの位の月日なのか、7年前に自分が何をしていたのか考えてみました。


今も昔も変わらないことといえば住んでいる家とピアノを弾いていることでしょうか。そしてちょうど東方に出会ったか否かという頃合いでした。ピアノは弾けても作曲やアレンジなんてできるわけがないと本気で思っていた頃です。


耳コピから始まって最近ようやくアレンジや作曲のまね事をするに至りました。一番変わったのは技術というよりも、できるわけがないという意識が無くなったということでしょうか。


それと7年といえば、小惑星探査機はやぶさが打ち上げられてイトカワからサンプルを持って地球に帰ってくる位の月日なのですね。


7年後もまだこの家に住んでいるでしょうか。ピアノを弾いているでしょうか。ともあれ健康でいたいものですね。


7年と言わずにもっと遠い未来になれば、月面オリンピックや火星オリンピックが開催されたりするのでしょうか。低重力環境を利用した新たなスポーツが種目に加わっていそうですね。
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ようこそ我が城へ
2013/09/01(Sun)
先週は処暑の名の通り過ごしやすい気温でしたが、金曜日辺りからまた暑さが盛り返してきましたね。


どうも、ジャムです。


燃え尽きた蝉やツクツクボウシの鳴き声など、だんだんと小さい秋が見つかるようになってきました。9月は連休に合わせて旅行に行く腹積もりです。暑さもピークを過ぎた頃ですし、また自転車で走り回りたいものです。


閑話休題。


八月後半に熊本に帰った際、熊本城の城主になってきました。


熊本城と言えば日本三名城のひとつで熊本の誇る歴史観光スポットですが、現在も記録に残る全ての塀や櫓を復元する計画が進行中です。


その計画のための基金に一万円以上寄付することで一口城主として認定を受けることが出来るのです。城主となった人は、その名前の書かれた札が天守内にかけられます。


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さらに城主カードと城主シールが貰えます。このカードで熊本城やその他施設の割引が受けられたりするのです。また、シールを目に付く所に貼っておけば、熊本城内にいる忍者や侍たちから「殿!」と呼んでもらえます(若や姫などのバリエーションもあります)。


なによりも一番の魅力は家族や友人に自慢できるということでしょうか。何しろ三名城のひとつである城の主です。熊本に帰った際や、誰かが熊本に遊びに行った時、「自分、ちょっと城持ってるんだけど、寄ってかない?」とか「今から俺ん城来いよ!」なんてセリフが言えるのです。


この城主制度は熊本出身でなくても、誰でも受け付けていますので、皆さまも熊本に立ち寄られた際検討してみてはいかがでしょうか。


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