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ジャムジャム王国(仮)

気まぐれにつらつらと

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見えるぞ、私にも答えが見える!

エーテライトさえあれば彼もあのようなことをせずに済んだものを。若しくは女みたいな名前にコンプレックスを抱いている少年やピンク色の髪をしたカリスマあふれる女指導者ほどのニュータイプ能力があれば。


どうも、ジャムです。


時代とは移ろうものですね。カンニングなんて紙に書いておくか脳内メモリに記録しておくかのどちらかだとばかり思っておりました。勉学なぞ完全に投げ放っていた私からすれば、カンニングしてでもよい点数を取ろうという意欲、心意気、情熱には尊敬の念すら覚えます。


そもそも学校でも仕事でも状況に応じて必要な情報を見たり調べて利用するのは当たり前のことで、むしろ何も見もせず調べもせず事に挑む方が非難の対象となるのではないのでしょうか。そう、まるで学生の頃の私のように。


いっそ大学入試も資料その他の持ち込みを完全許可としてみた方が良いかもしれませんね。将来必要なのは記憶力よりも情報の検索能力や取捨選択能力ですからね。


もちろん資料持ち込み可とする以上問題の難易度はその手の専門家ですら首を捻るようなものになります。知らなくて当たり前、その状況をどう打破していくのか。それこそが学問の探求のみならず人生において必要な能力でしょう。


知識も経験も無いことを当たり前のように任されるなど案外珍しいものではないのだと、恥ずかしながら働いて始めて知りました。


試験開始の合図とともに辞書を開く者。パソコンを起動させる者。周囲とチームを組みお互いに協力しあう者。中には会場を飛び出しそれぞれの問題の専門家である教授を大学内から探し出し直に教えを請う者。なんと活気あふれる試験光景でしょう。試験監督も不正の監視ではなく問題を解く姿勢を評価する試験官へとその役割を変えます。答案だけでなく試験に臨む姿勢も含め総合的に評価するのです。


ここまで書いて気付きましたがこれだと企業の就職試験のようですね。でもそれで良いと思います。仕事も学問も優れた人物には共通点も多いはずです。勉強も受け身だけでは身につかない筈です。


カンニングの話題でつらつらと書いてみましたが、美術や音楽といった創作、実技系の分野だとカンニングなどしたくてもできませんね。テクニックを盗むという意味でなら可能かもしれませんが、そもそも根本的な答えというものが存在しませんからね。


だからこそ芸術と呼ばれる分野は、全くの非生産的行為であるにも関わらず人を惹きつけるものなのかもしれませんね。惹きつけられない、関心の無い人からすれば芸術家なんてただの狂人でしかありませんが…。


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*Comment

 

そういった試験を行うとなると、受験勉強もがらりと変わりそうですね。
いかに知識を詰め込むのかではなく、どうすれば効率良く資料をまとめる事が出来るか、いや、それ以前にどうやって試験に臨むのかと考えるところから始まるのですから。

そして確かに、社会に出てからも活躍出来る人間というのは、このような試験で優秀な成績を納める事が出来る者なんでしょうね。
うん、これは是非色々な学校で試してみてもらいたい。

芸術に必要なのはある程度の知識や技術と、自己表現ですからね~。
明確な答えはないけど、その代わりに個々の世界がある。
それが魅力のひとつなんじゃないかな、と僕は思っています。
  • はぐれ物書き 
  • URL 
  • 2011年03月05日 21時43分 
  • [編集]

 

すごく面白いです!
私はまだ高校の受験も受けてないのですが、
そういう受験のほうが気負いせず、自分のすべてを出しきれるような気がします。
そろそろ改革が必要なのかなぁ、と思います。
  • AyashiYume 
  • URL 
  • 2011年03月06日 07時30分 
  • [編集]

 

つい先日に大学受験を終えた自分には、今回の事件には大変な憤りを感じていました。
如何に点数が欲しくても、不正は良くないだろうと・・・。
まあ自分はセンター試験の結果に絶望し、2次試験などあきらめて浪人生活のために勉強をするという逃げの一手を打ってしまったのですが・・・。
そんな自分ですが、点数が欲しくともカンニングはやろうとは思いません。それは携帯を持っていない事や、行動するだけの勇気が無いというわけではなく、そんなことをしても後々に困ってしまうのは自分だということです。
知識が無いのにあるようにして虚勢を張っても、またすぐにそれ以上の問題をひき起こしてしまうということが目に見えているからです。

今回の件でカンニング防止の強化がされることを本気で望んでいます。
  • Kyou 
  • URL 
  • 2011年03月06日 13時51分 
  • [編集]

 

自分の意見もまさにその通りですよ。
やたらめったら覚えるより、資料を活用して問題を解く技術の方が大切だし、面白いのではと思います。

大学入試で人生が決まる。だからいい大学に行く。汚い手を使おうが勝ち組に入ろうとする。
なんて醜い光景なんでしょうか。
こんな入試ならそんな光景もない楽しいものになりそうな気がします。
駄文失礼しました。
  •  
  • URL 
  • 2011年03月08日 15時48分 
  • [編集]

 

そのような試験体系になれば不正はなくなるかもしれませんね。
しかしそうなると試験勉強などが疎かになり最悪基礎知識のないまま社会に出ることにもなりかねないのではと思います。
難解すぎる試験の上当日資料持ち込みパソコンに専門家に聞けるなどだとおそらく大きく分けて受験生はとてつもない専門知識まで勉強するか半端に勉強して知識人の居場所を探しておいて当日に賭けるだと思います。
個人的には大多数が後者に傾いてしまうと思います。何故かはこれも自分本意になってしまうかもしれませんが自分の好きでない学科を専門と言えるまで追求することはまず無理だと思います。
少し古い考えかもしれないですが高校あたりまではどちらかといえば基礎を作る時期で臨機応変な人間になるための学習は大学からなのではないかと思います。職種にもよるでしょうけれど臨機応変な人間になるにはまず基礎知識が大切でしょうしね。
自分はまだ時間の十分に取れる時期に基礎を固めるのが吉かなと漠然と考えております。
そうすることで次にも繋げやすくなりますし色んな視点から物事を見れるようになってのめり込みやすくなって結果的に臨機応変になれるのではないでしょうかね。
まあ今の試験体系はもしかしたら昔の名残なのかもしれませんね。
昔は今ほどメディアが発達しておらず調べ様にも調べられなかったでしょうから結果的にそんな環境が知識に偏った試験体系を造ったのかもしれません。
とはいえ今の大学受験問題も中々経験は必要だと思いますけどね。
二次試験レベルの数学などの問題を公式だけ知っていても解ける人は希少です。経験がかなり必要だと思います。
これも一応臨機応変になるための勉強と言えるんでしょうか。
そろそろ科学だけでなく精神(これも科学?)も発展したほうがいい時期かもしれませんね。
精神的に時代遅れの自分が言えた台詞じゃありませんが
長文駄文失礼しました。
  • 蓮根111377 
  • URL 
  • 2011年03月11日 04時51分 
  • [編集]

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